坂の上の僕

このブログは誰のためでもなく僕自身のためのブログじゃ!!それを坂の上の雲っぽく書く!

坂の上の問い

誠に小さな若者が開化期を迎えようとしている。

 

この若者は大まかにいうとコンサルティングのような事をやっている。

 

企業の課題とそれに対する解決策を提案するというものだ。

 

しかし課題がわからないからまずは調べる。

 

インタビューを社員さんにするが受け身で終わってしまう

 

良い問いは良い準備から生まれるのだろう

 

 

 

坂の上の通貨

誠に小さな大学生が開化期を迎えようとしている

 

この大学生は貨幣についての本を2冊読んだ。

 

貨幣とは何か?

 

通貨のコインと貨幣の紙である。

 

昔は銀や金、青銅を用いて硬貨を作った。

 

 

だからそれを持っている方としては価値と同じだけの通貨を持つことにつながる。

 

紙幣が出てくると紙きれである。しかしみんなこのかみきれに価値を信じて使う。

 

お金の機能は交換や貯めることができるさらには価値の指標にもなる。

 

お金の歴史をみるとなんだかインフレの歴史を見ているようだった。

何かの価値が上がりそこにお金が流れ込み一気に弾ける。

はじけた後の後処理が面倒になる。

だが、この面倒ごとはどうすれば起こらないのか。

僕らが金融を知ればバブルや過度なインフレは無くなるのだろうか。

歴史を見るとバブルの後にはろくなものがのこらない。

 

 

話は変わるが預ける場所によっては利子率が生まれる。

銀行だ。

もしくは株や社債などの債券にすると得ることにつながる。

この利子はお金がお金を生むと考えると魅力的だが同時に怖い。

 

物々交換は確かに難しい。そんな中お金があるからそれが楽になる。お金は素晴らしい発明だと思う。

 

だけど面白い事にお金を求めても人生は豊かのならないということらしい。

 

沢山の交換手段を持っても意味がないのか。お金について考えると不思議だ

 

 

坂の上の聞き上手

誠に小さな大学生が開化期を迎えようとしている。

 

この大学生は大学のカウンセリングを受けに行ってみた。

以前にもそのような相談室に行った事がある。

内容は

 

「飲み会が楽しくない」

 

 

結局今は楽しんでいる。

 

そして今回は

 

「就職か進学か」

 

相談員の方は以前と同じ方で僕の事を覚えてくれていたようだ、 、

 

別に答えを求めたわけじゃなくてただ、悩みを言いたかった。

 

悩みをいう相手がいないわけじゃなくて、知り合いでない人に悩みを言いたかった。

 

やっぱり口に出すとスッキリする。

 

根本的解決にならないのは初めから分かっていたけど、口にすると今までの見えないモヤモヤが目の前の言葉になって外に出てくる。

(だから不安になったら書き出してみると良いっというのはこういう事かもしれない)

 

相談して思ったことは相談員の方はとても聞き上手っという事だった。

 

僕が何かを話そうとするとそれを言い終わるまでちゃんと聞いてくれる。

相談員の方は話を聞きながらメモまで取っている。

 

相談っというのはもしかしたら、自分が求めてる答えを相手が言ってくれるのを願っているのかもしれない。

願っている事を言われなかったらどこか気持ちが物足りなくなる。

 

そういう一面があるかもしれない。

 

だけど、この大学生が一番残念っというか心残りになるのは、

 

悩みを言いその後に元々の論点とずれていった会話になってしまう事が嫌なのだ。

 

悩みを相談したいのにあーあ違う話しちゃった。悪くはないだけどなんかいや。

 

ただ、相談員の方はそのような事が全くなかった。

 

悩みのテーマである。

 

「就職か進学、今まで進学しか考えてなかったから就職に気持ちが振れない」

 

 

最後まで思っている事を言えた。

 

本当に楽になった。

 

(相手の相談に乗るときは、相手の話を最後まで聞く)

 

(可能であればメモを取る)

 

(論点はずれていないか確認する)

 

これを意識してみるのもいいかもしれない。

 

 

ちなみに相談員の方は

 

悩む分だけ選択肢があるって事なのかなぁっと

 

最後にまとめてくれた。

 

選択肢

 

この大学生の選択はいかに

 

 

坂の上の風邪

誠に小さな大学生が開化期を迎えようとしている

 

 

この大学生は今風邪をひいている。

 

以前から特別体調が悪いということではなかった

アルバイトの途中に急に悪寒がした。なぜかはわからない。

帰って風呂に入ると異常なほど寒気がした。

 

すぐに布団で寝ると体温が上がり眠る事が出来ない。

40度だ。

 

 

別に40度になるまで死ぬほど働いた訳ではない。

 

アルバイトに対する緊張感だろうか。

 

この大学生はラーメン二郎のアルバイトに誇りを持っている。

 

ラーメン二郎が好きという事もある。

だけど、あのくせになるラーメンを作る事に携わっている喜びもある。

 

ここで自分のダメなところが出てはいないだろうか。

 

そう

 

完璧主義なところだ。

妙にハードルを上げるところがある。

 

ラーメン二郎のアルバイトには慣れてきた。

 

しかし、以前とは変わらない緊張感を持ち続けている。

 

店長がこの大学生に以前に伝えてくれた他己分析がある。

 

「大学生ちゃんは完璧主義だからね!

1つの失敗をひきづらないようにしようね!

それと手を抜く事を覚えよう!」

 

失敗をひきづらない、

 

アルバイトをしている時に以前であれば些細な失敗に動揺していた、

 

今では自分の些細なミスも動じなくなった。

少しづつ失敗をひきづらない心はできている気がする。

 

 

手の抜き方はまだのようだ。

作業の面では少しづつ手を抜けてるかもしれない。

しかし、心の中ではまだ高い緊張感があるのだろう。

ふと思い出した事がある。

 

この大学生は部活の中でスプリンターに属する短距離選手だった。

逆に言えば長距離があまり得意ではないとも取れる。ペース配分が下手なのだ。

 

もしかしたらそういう事ではないか。

この大学生自身の体力(精神体力も含めて)の120%を使ったから反動がきたのか。

 

実際はわからない。

でもこの大学生は仕事もスプリンターなのか。

これでは身がもたない。

 

よし、

体力配分がこの大学生の課題かもしれない。

 

 

 

 

 

坂の上の自分

誠に小さな大学生が開化期を迎えようとしている。

この大学生は祖父と初詣に行きその帰り道だ。

 

 

「いいか、孫や、この世で一番わからない事は自分の顔じゃ」

 

将来をどう生きていくのがベターなのかそんな話をしていた時に言われたことだ。

 

鏡があるではないか

 

どうやら違うらしい。

 

鏡というのは自分の顔が写っているがあくまでも左右反対つまりありのままではないということらしい。

 

自分の声でも同じらしい。自分の声は自分が普段耳にするものとは違う。

 

要するに何がこの話の趣旨かと言われれば誰も自分のことなんかわかりっこないっという事のようだ。

 

このことを頭の隅に入れておこう。

 

さらに祖父の知り合いで、あまり人からの評判がよくない人の事を聞いた。

 

 

聞けば、理論以外の事が起こるもしくは人が理論以外の事をやるとその人そのものを否定して理論どおりに行わせるという人らしい。

 

しかもその理論は注意している本人ができていない、ということである。

 

 

なるほど、注意を受ける側としても

 

 

「できてない奴が口出しするな」

 

という事になるのであろう。

 

 

どこか自分と重なるところはないだろうか。

 

この大学生は感覚というものがあまり好きではない。だから理論を信じたがる。そしてその理論を実践できているかもしくはできているか

っと問われれば口が簡単には開かない。

 

 

だから気をつけよう。

 

 

その人に合うものは何か。それを思うのも忘れない。

 

でも、自分ができない事=他人に伝えない(教えない)となるのか。

 

たぶんそうなったら僕は人と喋れなくなる。

 

っというか何も伝えられなくなるのでは?

 

だから提案というのはどうだろうか?

 

これはどう?

 

こんな事もあるよ?

 

 

こんな理論もあるよ?

 

 

この大学生が出来ることといえばとりあえず人の話を聞くことであろう。

相手の言ってる事が何かわからなくてもとりあえず最後まで聞く。

途中で質問できそうなら質問する。

 

ちなみに内容を理解しているかと言われると微妙ではあるが。

 

 

坂の上の二郎

誠に小さな大学生が開化期を迎えようとしている。

 

 

この大学生はとあるラーメン二郎でバイトしている。

 

主に店長のサポートとして野菜を茹でたり皿を片付けたりする。

 

今日は午前の営業と午後の営業がありこの大学生は午後の営業の時間に出勤した。

もちろん店長は午前も午後もいる。仕込みや片付けも含めたらもっといる。

 

誰よりも長く誰よりも仕事をしている店長だ。

大変だなぁっとこの大学生は思っていた。

 

しかしこの大学生は店長との会話であることに驚いた。

 

店長は

「体力がもつのなら24時間やっていたいなぁ〜」

 

っといった。

 

この大学生は

「夜中にラーメン二郎食べる人いないですよ〜」

っと言った。

その後にこの大学生は理由を聞いた。なぜそんなに働きたいのかっと。

すると店長は

「ラーメン作るのが楽しいからだよ!!」っと満面の笑みで答えてくれた。

 

 

この大学生は驚きだった。

 

 

なぜか

 

 

 

誰よりも長く働き誰よりもこのラーメンに関わっている店長は仕事に対して大変ではないのか?長時間の仕事だから疲れる、だからツラくはないのか。

 

 

そう思っていた。

 

 

どうやら違ったようだ。

店長はこの仕事が好きなのであろう。

だからこんなにも長く働いていられるのだろう。

 

仕事を心の底から楽しんでいる大人はどれくらいいるのだろうか?

楽しい仕事=良い仕事

やりがい=仕事

っとは考えていない。このあたりの考え方は人それぞれによる。その人の価値観がある。

 

だけど、こんなにも楽しそうに仕事をしてさらに仕事に対して熱意を持っている人にはなかなかこの大学生は出会えていない。

 

仕事=いやなことをやる、耐えるっというイメージがある。

 

 

だけど、

仕事が自分の好きな事だったらこんなにも楽しそうに仕事ができるんだっと目で見て肌で感じる事が出来た。

 

そんな1日だった。

 

坂の上の一歩

誠に小さな大学生が開化期を迎えようとしている

 

この大学生は年始に祖父の家に行きこの祖父とともに散歩をしている。

 

歩きながら「我が祖父はなかなか衰えないな」「元気だなぁ」と思っていると祖父から

 

一歩踏み出す大切さについて教わった。

 

この祖父はやたら武士道に通じており、この大学生が幼い頃は、

「武士なら〜」

「昔の人は〜」

大和魂が〜」

といわれ「今は平成じゃっ」と心の中でツッコミをしていた。なんとバチあたりな大学生であろうか。

話を戻そう。

 

この一歩を踏み出すのは戦いの時に役に立つようだ。

 

相手が攻めてきて、

後ろに引けば、避けるかやられるかの2つ

しかし一歩を踏み出すと相手を倒す事ができるかもしれない。現にこの祖父は若い頃さまざなな武勇伝(相手に襲われて逆に相手を負かしたなど)をこの大学生に聞かせてくれる。

 

この祖父は現に武道が達者でもある。

経験から話されてしまうと納得してしまう。

 

一歩踏み出せばあとは極楽

しかし

一歩下がればあとは地獄

 

このようにも言っていた。

 

なるほど。

 

 

1を2にするのと0を1にするのはどちらが大変か?

 

 

たぶん0〜1が大変だろう。この大学生は1を2にするイメージはできる。しかし後者は別。

 

 

しかし今後求められる能力は0〜1の能力ではないか?

1〜2はほかの人に任せるというのも1つの手である。

一方で0〜1はその人しかないものができる可能性がある。

 

 

0〜1でこの大学生が生み出せるものは何か?

まだわからない。

 

 

わからないからとりあえずこの大学生はパソコンを開き、統計ソフトRの練習をした。ゲーム感覚で面白い。統計の考え方も身につけたい年頃であった。